仮説つれづれ日記

今年は学校を変わり5年生担任です。仮説実験授業は《花と実》でスタートしました☆

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《日本歴史入門》17時間目



今日が《日本歴史入門》の最終回となる。
時数を確認したら17時間目。これが多いのか少ないのかよく分からないけど,
この授業書を最後までやるのにどのくらいの時間がかかるのか,初めて知ったf(^ー^;

最後の問題は,再び江戸時代後半へと時代が戻る。
「日本全体では人口が増えも減りもしなかった江戸時代後半だけど,
 地域ごとに見ていくと本当に変化はなかったのだろうか?」

というもの。

これまでに学習してきた内容と関連があるといえばあるけど,
時代区分のイメージなどはおそらく,判断の指標とはならないだろう。
それでも,一応ここまでやってきた中で重要な事柄だけをとりあげ,
復習してから最後の【問題】にうつることにした。


20070614021230.jpg

これが授業開始直後の板書の様子。休み時間にここまでは貼り付けておきます。

そこから質問・・・・・
「ここで人口がグッと伸びたのは,どういう社会になったから?」
「そのときのできごとを何という?」

みたいな感じで。ここまでくると,次々と元気に手を挙げて発表してくれます。

20070614021441.jpg

「今日は再び,江戸時代後半へと話題が戻ります。日本全体で考えると,
 人口が増えも減りもしなかった江戸時代後半。この身分制社会というのを,
 みんなは『嫌だな~』って言ってたけど,そのイメージ通り,日本全国,
 どこを取り上げても,人口が増えない暗い感じだったのか?
 それとも,たとえば東で人口が減った代わりに西では増えて,合計すると,
 全体では人口の変化がなかった・・・ということなのか?
 明治維新前の日本全体,本当にどこを見ても様子は同じだったのか??
 今日はそれを考えてもらいます」


問題は「大都会の人口の変化」と「東日本と西日本の対比」の2問を考えます。

20070619054407.jpg

〔A:都市部の人口変化について〕
京都とかの古い都はさびれると思うんよ。江戸がにぎわっとるけん,
昔からの都は活気がなくなるというか,ぼろい着物着たり・・・

東京とかの大都市には田んぼが少なかったと思うんよ。そしたら,
とれる米の量が少ないから,他の地方から米がまわってこなかったら
人口が減るしかないだろ? それで大都市は減っていった。

それ違うぞ。今でこそ東京にはビルがいっぱいあるけど,昔はもっと
田んぼとかあったんちゃう?

付け加えて,田があって米がとれるなら,人口は増えると思うよ。

それに反論やけど,大都市の古い建物って残ってないことない?
つまり,江戸時代後半に人が減ったということちゃう?

いや,それに反論! 大都市に残っていた古い建物はあったはず。
でも,それが焼けたんは太平洋戦争とちゃうか?


ここはもう「大都市は増えた」「大都市は減った」「大きな変化なし」
で意見がきれいに分かれました。

〔B:東日本と西日本を比べると〕
東日本には大都市が少ない気がするんよ。東京はあるけど。
ほなけん,西日本で増えて東日本では減っていったと思う。

いや,東日本も西日本もそんなに違いはないと思うな~・・・


ここではあんまり意見は出ません。そりゃそうでしょう。授業書の最後の問題ではあるけど,
この問題に関しては,これまでに学習してきたことがらの何に着目して
考えればいいのか,よく分かりません。

でもボクは初めてこの授業書をやったときに,自分の中にこれまでに
あった歴史の断片的知識と時代の動きが初めて重なった感動を覚えた
ものです。
次に配られる【お話】の中には,こんな文章が含まれています。

「江戸時代の後半には日本の人口は増えも減りもしなかった」といっても,
地方別に見れば増えているところもあったし,減っていたところもあるわけです。
そして,江戸時代の後半にも,とくに人口の増えていた地方では産業や
商業が発達し,文化が発達していたのです。


結論として,江戸時代の後半,日本の総人口は増えも減りもしなかったけど,
西日本,特に四国・九州あたりの人口は増えていて,江戸近郊の地方では
人口が減少していました。
ボクはこれを知ったときに,西郷隆盛や木戸孝允,坂本龍馬らの顔が
パーッと浮かんできたのです。

これら西南諸藩が力を持ち,新しい時代を切り開く原動力となったこと。
単に「幕府の政策に不満を持っていたから」というだけしか知らなかったけど,
よくよく考えてみれば,不満を持ったからと言って,明治維新のような
政治の仕組み・社会の仕組みを覆すような革命を起こせるはずがありません。
ここまで,「江戸時代の進歩」というテーマに絞って,時代が変わるとは
どういうことかを見てきました。経済や流通の在り方が変わること,それが
庶民の生活に活気をもたらすことや藩の力も増すことをなんとなくイメージし,
江戸時代の訪れが日本全体の発展につながったことを,人口グラフの立ち上がりの
イメージとともに豊かに想像してきました。
それが江戸時代後半,人口の伸びが停滞します。
でも,1868年からはまた,恐ろしいほどの勢いでグラフが立ち上がる。
その明治維新の原動力となった西南諸藩が力をじわじわとためていった
こと,
そこから,明治維新の立役者たちが現れてきたこと。
それらが全部つながって,「そうか~!」と納得したものです。

このボクなりの納得をさらに後押ししてくれたのは,林泰樹さんが
紹介している,板倉さんの次のようなお話でした。

 江戸時代の社会構造,経済構造ではもう発展し得なくなるのが1720年ごろで,
そこから新しい時代が来るんです。この間(1720年~明治維新)は,
人口は横ばいになっていますが,完全に停滞じゃないんです。
米の生産が止まったり,新田開発が止まったりしているんだけども,
人々の着るものがだんだんよくなるんです。織物なんかもよくなるし,
蘭学は発展する。それが次の時代の準備をしているということなんです。
 冷凍庫でマイナス15度の氷があるとします。これを外に出すと,
外は気温が高いからとけ始めます。とける前に温度が上がり,0度に
なると融け始めるんです。と同時に,融け始めるけれども,温度が一定なんです。
温度的に見ると変化がないんだけれども,氷の量と水の量は変わっていく。
だんだん水の量が増えてくる。このモデルをもう少し細かく検討してみよう
ということを思っています。


そうか~。「停滞の中の発展」「次の新しい時代の準備」なんだ!
そして実は現代,人口の伸びはすっかりとまっているのです。
つまり,イメージ的には江戸時代後半に近いということかな?
でもそれは,新しい時代に向けての準備期間なのかも知れません。
または,これまでの時代が熟成されているときなのかもしれません。
このボクの感動を伝えることができる,この最後の問題。
授業書の構造から考えると,子どもたちにとって違和感のある構成
だろうとは思うけど,ボクは最後にこの問題があるのがけっこう好きです。

実際の授業では,人口が増えている藩を地図で確認し,そこから出てきた
有名人物(西郷隆盛・木戸孝允・坂本龍馬)を紹介します。
子どもたちは「あ!?」と何か気づいたような反応を返してくれます。

「そう。総人口で考えると停滞だけど,実はこの時代に力をつけていた
 藩もあり,それがあの明治維新の原動力となったらしいね。
 それに江戸時代後半と言えば,庶民のくらしは充実した。
 米の生産は伸びなかったけど,文化や学問が発達したらしいよ」


こういって,「停滞の中の進歩(文化・経済)」と板書します。

20070619065419.jpg

ここからボクの好きな部分。人口グラフの縦軸を少し右にずらし,
「ところで,いまみんなが生きている現代って,人口の伸びが
 どうなっているか知ってる?」

と聞きます。物知りな子が「あ! 減っとる?」と叫びます。
「そうやね。減っとると言うより,伸びがとまっとる。これは・・・」
「江戸時代後半と似とる!!」
「そういうことになるね~♪」

そう言って,手書きでグラフに横ばいの赤線を少しだけ付け加えます。

「いまみんなが生きている現代は,こういう時代!」
「えぇ~,なんか嫌やなぁ・・・」
「でも逆に考えてみ? 江戸時代後半は悲惨なイメージを持っとるかも
 しれんけど,いまみんなは『現代の方がいい』って言うだろ?
 江戸時代後半当時の人たちだって,もっと昔を振り返ってそう思った
 はずやで?」
「・・・! そうか!!」


「それに,人口の伸びが止まるのは社会の停滞ではない。
 来たるべき『次の新しい時代』に向けての静かな準備期間なんだ」
「おぉ~! そうかヽ(^。^)丿」
「よく考えてみれば,今の時代だって不景気だとか,就職難だとか
 言われていること,みんなも知ってるでしょ?
 それに,子どもが生まれずに,あちこちの学校が閉鎖になって・・・」
「うん,聞いたことある!」「そうか!」
「そう。江戸時代後半って,実はこんな感じだったのかもな」


子どもは,まさに自分を取り囲む状況と,さっきまで予想して考えた
ことが合わさって,とたんにまたノーミソが動き始めます。

「いつになるか分からんけど,江戸時代の始まりや明治維新のように,
 また人口がグングン増える時代が来るかも知れない。
 そういう時代をつくっていくのは・・・誰か分かる?」
「あ!?」
「そう! 君たちです!!
 でも,こういうことは歴史を勉強して初めて分かることやな。
 つまり,過去の出来事の物知りになっても意味がない。
 これから新しい時代に向けて,いろんな予想を持って生きていける
 人になるために,こんな歴史の勉強をするんだ」


こういって,板書の現代以降のところに「未来を予想する」と書き入れます。

「みんなは,時代がいつ,どういう背景で変わってきたのか?
 時代が進歩するとはどういうことなのか?
 こういうことを勉強してきた。過去の歴史はよかったこともあるし,
 まずいこともある。それら過去の出来事を学ぶことで,未来を
 予想し,同じ失敗は繰り返さず,よりよい未来をつくるために
 準備をして時期を待つ・・・。こういうことが,歴史の勉強から
 分かるわけ。その基本を勉強してきたわけやね☆」


ボクが歴史学習に思う意義です。
難しい話をしている気もするけど,子どもたちも身を乗り出して聞いてくれます。
授業書の最後にのせられている板倉さんの【あとがき】も配ります。
「歴史というのは,適切な時代区分をもとに考えて,初めて分かるように
なるものです」という一文にうなづいてくれます。

「さて,みんなが大人になる頃には,どういう時代かな~?」
「人口爆発だったりして!」「そしたら食糧難とちゃう?」
「そうやな~。そのあたりがクリアできる発明ができたら,また
 第2の明治維新が訪れるかもな。
 いやいや,ひょっとして宇宙に飛び出す技術が進歩したら,
 江戸時代の始まりみたいに,宇宙に向けて開墾を進める時代が
 来るかもな!」
「おぉ~!」「どうなるんだろう?(~v~)」
「先生は,石油資源にかわる新しいエネルギー資源の開発が進む
 ことが重要なんじゃないかとにらんどるんやけどな~」
「太陽光発電じゃ!」「原子力じゃ!」
「ま,原子力発電に関しては問題も多いんやけどな」


こんな会話をしながら感想文を配りました。
歴史の授業をしながら,未来の想像が広がる楽しい一時でした。
  1. 2007/06/12(火) 10:35:49|
  2. 日本歴史2007
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徳島で小学校教員をしています。

後藤浩之

Author:後藤浩之
小学校教員になって15年目。
仮説実験授業を始めて14年目です。
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